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俺流減量法

このページは、当整体整骨所オーナー豊田が、8月に開催されるボディビルイベントに向けて独自のダイエット理論を基に減量を行い、理想的な肉体に改造する課程を記録したものです。

豊田式減量法では、特別なサプリメントは一切摂取しません!
また、マヨネーズ、ドレッシング、乳製品、スポーツドリンクも不要です。

【平成21年1月31日時点の姿です】
減量前の体減量前の顔

減量前ですが色つや良好で全体的にふっくら状態!
体重 94.8kg
『普段の食生活』
4時:起床
5時:朝食 (丼飯1杯・納豆2パック・みそ汁1〜2杯・焼魚)
12時:昼食 (和食ランチ ごく平凡的な普通のランチです)
20時:晩食 (ビール中ビン2本・麦焼酎2〜3杯・焼魚
納豆1〜2パック・丼飯1杯・みそ汁)
運動としては毎日、加圧トレーニングをしています。


【 3月から減量開始 】
3時起床  冷水を一杯飲む
※加圧トレーニング ※有酸素運動 30〜40分( 週4回 )
5時:朝食 (丼飯1杯・納豆2パック・みそ汁1〜2杯・焼魚)
12時:昼食無し (羊羹又は和菓子で糖分補給)
※週2〜3回 日焼けサロン50分/日光浴1〜2時間
ビール中ビンを2〜3本飲んだ後昼寝
20時:晩飯 (ご飯は無し、みそ汁1〜2杯・ビール2本・麦焼酎2〜3杯
焼魚・おひたし・納豆1〜2パック)
22時:就寝 寝る前に羊羹を必ず食べる 脂肪を燃やす為の種火になります。

【5月30日時点の姿です。】
5月30日時点の体5月30日時点の顔

体重 81.4kg (13.4kg減)
大分引き締まってきました! これから楽しみです・・・(^_^) 


ロゴ 1989年6月20日 発行の記事から引用

昔の豊田先生

私は28歳までボディビルに励んでいましたが、30代になってからはほとんど練習をやらなかったので、体重はどんどん増え続けて103キロまでになってしまい、健康診断の結果、高血圧、脂肪肝、高コレステロールの兆候がみられると言われ、昨年6月で39歳になったのを機に、本格的に練習を再開しました。40歳でコンテストへカムバックする目標を立てて毎日頑張り、2ヶ月半で28キロ減量に成功し、75キロになりました。自分自身で「まだまだできる」と、自信を回復しトレーニングに励んでいます。野沢秀雄先生の“食べて強くなるシリーズ”や川股宏先生の“マインドコントロール”を読みたいへん勉強になりました。今年40歳にしてコンテストにチャレンジします。今は血圧等も正常に戻り、毎日毎日目標に向かって頑張っています。ボディビルはすばらしいスポーツです。また、健康管理にも最高です。
皆さんもチャレンジ精神で頑張りましょう。


当時の魁新聞記事

昔の豊田先生 刑事物ドラマ「ゴリラ」のテーマソングに乗って、得意のポーズ〜 東京都千代田区有楽町の読売ホールで3日、第24回ミスターボディービルコンテストが開かれ、秋田市大町4−4−4、自営業豊田成昭さん(40)が見事7位に入賞した。高校時代からボディビルを始めた豊田さんだが、30歳を過ぎてからは仕事の忙しさもあって殆どトレーニングをしない日が続き、いつの間にか106キロの巨漢に。健康診断の結果は「高血圧、脂肪肝、高コレステロールの兆候あり」で、本人曰く「成人病でいつ倒れてもおかしくない状態」だった。昨年6月、39歳の誕生日に一念発起。わずか2ヶ月半で75キロまで絞り込み、今年40歳を迎えるとともにボディビルコンテストにカムバックした。奥さんや友人の「年なんだから無理しないで」の声にもかかわらず毎日4〜5時間のトレーニング。栄養面の勉強も欠かさず、今の体をつくりあげた。「すっかり健康になり、ヤル気いっぱいになった。もっと筋肉をつけ、来年は3位を目指したい」と、よみがえったビルダーは意欲満々だ。


アキタロゴ 思い出の写真 平成18年2月17日の記事

昔の豊田先生1昔の豊田先生2

昭和48年に関東学生ボディビル選手権、東日本学生ボディビル選手権三連覇をした頃のコンテストでの写真です。秋田高校で柔道をしていた頃にウェイトトレーニングの魅力にとりつかれ、東京農業大学の栄養学科に入学してから農友会ボディビル・パワーリフティング部を自らつくりました。その後、秋田に帰郷し秋田県ボディビル連盟及び秋田県パワーリフティング協会を設立し理事長になりました。この30年前の実体験が今の仕事に生きています。体調不良の方やアスリートたちのケアをし、また学生たちと筋トレで汗を流すといった充実した毎日を過ごしています。


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